分岐鎖アミノ酸 BCAA の概要

aa_carbo_lipid/aa/bcaa
2017/12/10 更新

  1. 概要: 分岐鎖アミノ酸とは
  2. BCAA の生合成
  3. BCAA の分解
  4. BCAA と糖代謝

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概要: 分岐鎖アミノ酸とは

分岐鎖アミノ酸 branched-chain amino acid, BCAA とは、側鎖が分岐している以下の 3 種類のアミノ酸のことをいう。3 種類とも、動物が生合成することができない 必須アミノ酸 である。生合成経路は、植物およびバクテリアに存在する。動物が合成できないのは分岐の入った側鎖の部分である。


バリン, Valine, Val, V
ロイシン, Leucine, Leu, L

イソロイシン, isoleucine, Ile, I


BCAA には、次のような性質がある。

  • 側鎖の部分の疎水性が高いため、タンパク質の膜貫通領域に多く存在する (4)。
  • 生合成することができないため、ヒトは大量の BCAA を体内に貯め込んでいる。筋タンパク質の必須アミノ酸の約 35%、全アミノ酸の 14-18% を占める (5)。
  • インスリン の分泌を促進するなどの生理作用がある。

> BCAA を混合してヒト単球にかけ、mTORC1 が活性化することを示した論文 (7)。
  • 酸化ストレス、炎症および migration が促進されるとしている。個々の BCAA については調べていない。

BCAA の生合成

BCAA は、バクテリアや植物 plant において、一部重複した代謝経路で合成される。詳細は バリン生合成 のページを参照のこと。

哺乳類 は BCAA を合成することはできないが、筋タンパク質に大きなプールがある (6)。筋タンパク質の分解や合成を通じて、遊離 BCAA の量はかなり安定に保たれているようである (6)。

BCAA の分解

BCAA 分解系はほとんどの細胞に備わっており、原則としてミトコンドリアに局在する (5)。直接 TCA 回路に入るので、分解系もミトコンドリアにある方が便利ということだろう。


> 脳、神経など一部の組織では細胞質でも分解される (5)。
  • 分解の第 1 および第 2 段階は 3 種の BCAA に共通。第 3 段階は Ile と Val が共通。以降は別々。
  • Leu からは アセチル CoA、Ile からはアセチル CoA とサクシニル CoA、Val からはサクシニル CoA。
  • 分解の律速酵素は、BCKDC (branched-chain α-keto acid dehydrogenase complex) である。

> Branched-chain aminotransferase (BCAT) は、分解の第一反応を触媒する (6)。
  • ミトコンドリア型の BCATm と細胞質型の BCATc がある。
  • BCATm はほぼ全ての臓器で発現、特に膵臓、胃粘膜、筋肉。BCATc は脳や神経などで発現している。
  • では、BCAA の分解によりグルタミン酸を作っていると考えられる。
  • 脳で合成されるグルタミン酸のアミノ基の 30-50% はロイシン由来であるという報告がある。
  • 膵臓では BCAT の活性が高いが、その生理的意義は不明である。

BCAA と糖代謝

BCAA は、タンパク質合成の原料や栄養源としての機能の他に、代謝を調節する機能があることが知られている (3)。相反する報告が多いようなので、とりあえず列挙する。

血液

> BCAA 混合物の経口投与が、糖尿病の症状を改善する事例 (3)。
  • インスリン非依存性糖尿病マウスモデルの高血糖を改善する。
  • ストレプトゾトシン誘発性糖尿病ラットで、血中グルコース濃度が低下する。

> Ile は、正常な rat で GTT の結果を改善する (3)。
  • Glucose 投与の 30 分前に Ile を投与すると、glucose 投与による血糖値上昇が抑制される。
  • この抑制はインスリン非依存的であり、Val, Leu はおそらく糖新生のために逆に血糖値が上がった。
  • 絶食条件でも Ile による血糖値低下作用が認められた。グルコース吸収阻害が原因ではないことを示唆。

筋肉

> Ile は、筋肉へのグルコース取り込みを insulin 非依存的に促進する (3)。
  • In vitro では、Ile は筋管細胞への glucose 取り込みをインスリン非依存的に増大させた。
  • AMPK 活性の上昇に伴うインスリン非依存的な糖取り込みが知られているが、Ile で AMPK 活性は低下。
  • メカニズムはおそらくインスリン感受性の増大である。GLUT1 および GLUT4 の膜移行が活性化される。

> 筋肉では Ile がグルコース取り込みを、Leu が glycogen 合成を促進する (3)。
  • Leu は mTOR 依存的, insulin 非依存的に GSK-3 β を不活化し、glycogen合成を促進する。
  • Ile 投与下では、筋肉に取り込まれたグルコースは glycogen になるよりも酸化される。

肝臓

ピルビン酸からの 糖新生 gluconeogenesis には 4 つの律速酵素があるが、とくに PEPCK (phosphoenolpyruvate carboxylase) の mRNA 量、酵素活性、糖新生能の間に高い相関がみられる (3)。

> 肝臓および脂肪組織では、Ile はグルコース取り込み量に影響を及ぼさない (3)。
> Ile は、肝臓 で糖新生を抑制する (3)。
  • Ile 投与で、PEPCK および G6Pase mRNA が減少する。
  • 培養細胞でも、Ala からのグルコース産生が Ile で低下することが示されている。

インスリンおよびグルカゴン

> Leu 経口投与で、インスリン濃度が一過的に増大する。Ile では変化なし (3)。


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References

  1. Berg et al. 2006a. (Book). Biochemistry, 6th edition.

Berg, Tymoczko, Stryer の編集による生化学の教科書。 巻末の index 以外で約 1000 ページ。

正統派の教科書という感じで、基礎的な知識がややトップダウン的に網羅されている。その反面、個々の現象や分子に対して生理的な意義があまり述べられておらず、構造に偏っていて化学的要素が強い。この点、イラストレイテッド ハーパー・生化学 30版 の方が生物学寄りな印象がある。

英語圏ならば学部教育向けにはややレベルが高い印象。しかし、基本を外さずに専門分野以外のことを 研究レベルで 英語で読みたいという日本人には非常に適しているだろう。輪読とかにも向いているかもしれない。翻訳版はストライヤー生化学として売られている。

  1. "Amino acid catabolism revised" by Mikael Häggström - http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Amino_acid_catabolism.svg. Licensed under CC0 via Wikimedia Commons.
  2. 吉澤 2014a (Review). イソロイシンの糖代謝調節作用と臨床応用の可能性. 生化学 86, 345-351.
  3. Binder 2010 (Review). Branched-chain amino acid metabolism in Arabidopsis thaliana. The Arabidopsis Book.
  4. 下村 2009a (Review). 分岐鎖アミノ酸 (BCAA) 代謝の調節機構. 化学と生物 47, 480-485.
  5. 下村 2009b (Review). 分岐鎖アミノ酸 (BCAA) の生理機能. Nutrition Review.
  6. Zhenyukh et al. 2017a. High concentration of branched-chain amino acids promotes oxidative stress, inflammation and migration of human peripheral blood mononuclear cells via mTORC1 activation. Free Radic Biol Med, in press,